1-11 武蔵森学園③
藤代誠二はゲーマーである。ジャンル問わずなんでもやるが、とくに対戦型格闘ゲームは凄腕だ。少なくともクラスや部活の仲間内では敵なしで、無敗記録を更新し続けている。
この日は午前中の部活が休みになったため、気分転換にとサッカー部の数人を連れて駅前のゲームセンターを訪れていた。
順調に連勝を重ねる中、背後で自分たちの対戦を盗み見ていた女子に気づき、気まぐれに対戦台に誘ったのだが。
まさかその彼女と、こんな死闘を繰り広げることになろうとは。
「んなコンボ繋がんのかよ!」
「今のなんで避けれんだ、見てから飛んでんのか!?」
緊迫した試合展開にギャラリーも白熱する。お互い1ラウンドずつ勝ち星を上げており、このラウンドを制した方が勝利となる。ゲージ状況も五分。藤代はレバーを握る左手に汗がにじむのを感じた。
「やっべ、こんな追い詰められんの、俺初めてかも!」
嬉しそうに叫びながらも、入力の手は止まらない。相手キャラクターを画面端に追い込むことには成功している。残り体力3割弱。ヒット確認さえできれば、必殺技発動でリーサルだ。
「あ」
コマンドを入れた瞬間、予感がした。これは、誘われた。
攻撃の手を読んでいたように、相手の無敵技が炸裂する。吹き飛ばされて無防備状態の間に、必殺技を決められKO。画面に現れるYOU LOSEの文字。
「うおおおお! 藤代が負けた!」
「すげえ、なんつーギリギリの戦いだよ!」
「はは、まーじか」
さすがの藤代も笑うしかない。思いがけず名勝負となった相手に一声かけようと、モニタを挟んだ向かいの台を覗き込んだ。
激闘の末に勝利を手にした彼女は、緊張から解放されたように深く息を吐いていた。
年齢は同じくらいだろうか。小柄で、腰まで届く長いツインテール。部活仲間たちが揃って見惚れるほどの美少女である。こんなにかわいいのに、なぜか服装は自分たちと同じような色気のないジャージ姿だ。
「俺、このゲーセンじゃ負けなしだったんだけど! きみ初めて見る顔だよね。どっから来たの?」
「えーと……ははは」
分かりやすくはぐらかされたが、藤代はますます興味を持った。苦笑いであっても、はにかむ表情がとてもかわいい。
「名前教えてよ。俺は誠二! 誠二って呼んで」
「麻衣だよ。たぶん同い年だと思う、中学2年」
「麻衣ちゃんか。よっしゃ、もうひと勝負やろうぜ! リベンジマッチー!」
ずりーぞ藤代、という周囲のブーイングを跳ね除け、対戦台に座る。コインを入れようとしたその時、聞き覚えのある呼び声に思わずギクリと肩が跳ねた。
「見つけたぞ藤代。お前たちも」
「し、渋沢キャプテン!!」
突然の部長登場に、サッカー部員たちは慌ててその場に直立した。2年生、ましてや2軍の彼らは先輩には逆らえない。体育会系の習性である。
唯一そういった慣習に縛られない藤代は変わらずヘラヘラしているが、目が泳いでいる。言い逃れの術を内心で考えている表情だ。
「まったく。校則でゲームセンターへの立ち入りは禁止と言ったろう。しかもこんな学校の近く、先生たちが巡回に来ても知らんぞ」
「キャプテーン! 見逃してくださいっス!」
渋沢はため息を吐くと、呆れ調子で全員に促した。
「もうすぐ部活が始まる。1分でも遅れたら外周増やすからな。はやく戻れ」
「ハイッ」
「藤代、根岸が探していた。またアイツの私物を勝手に持ち出して返していないだろう」
「げ、忘れてた」
慌ただしく荷物をまとめ、出口へと走る少年たち。藤代はくるっと振り返ると、名残惜しそうな顔で麻衣の方へ歩み寄った。
「ごめんね麻衣ちゃん、俺行かないと」
「うん。早く行った方がいいと思う」
彼女が視線で訴える先には、険しい顔で腕組みをする渋沢の姿。あまり待たせると今度は軽いお説教では済まなそうだ。
「また会おーねー!」
そう言って元気よく手を振る藤代は、渋沢に首根っこを掴まれて退場していった。
――――残された麻衣は、内心冷や汗まみれだったことを隠し切って安堵のため息を漏らした。
「まさか、こんなとこでレギュラーの2人に会うとは」
もちろん想定外の展開だ。
時間潰しのために入ったゲームセンターで、最新タイトルをプレイしようとしたら、先に陣取っていたのが彼らだった。
初めは純粋に、上手いなーと思って眺めていたのだが、服装と持ち物から武蔵森のサッカー部であることを察し、思わず凝視してしまった。連戦中の彼があの9番であるということは、仲間が名前を呼ぶまで気づかなかったが。
「顔覚えられちゃったよなぁ。とにかく追わないと」
何にせよ僥倖ではある。こっそり彼らの後を尾ければ、敷地内で迷子になるのは避けられるだろう。
(…………。時間あるとき、誠二くんの持ちキャラ対策しとこ)
先ほどの対戦。得意タイトルで藤代にラウンドを取られ、最終的にイチかバチかの賭けに頼らざるを得ない展開まで持ち込まれたことが、麻衣の負けず嫌いを地味に刺激していた。
***
ゲーセンで会った男子Aの姿を捕捉し、敷地内侵入後も生垣に身を隠しながら尾行した結果、麻衣はようやくサッカー部の練習場にたどり着いた。
外から校舎を眺めただけでも規模感の違いに呆然としたが、施設を目にした衝撃はそれ以上だ。普通の学校のグラウンドと同等の広い練習場、これが丸ごとサッカー部専用らしい。フェンスの内側では、ゆうに100名を超える生徒たちが準備運動に励んでいる。
正直都会の私立校を舐めていた。みんなが尻込みするのも納得の本格度合いである。
(周りに女子がひとりもいない。見つかったら1発アウトだな)
目立つロングヘアーは帽子の中にまとめて隠している。うまい具合に死角を見つけ潜り込むと、ノートとペン、それに双眼鏡を取り出す。
準備運動が終わるまでの間、麻衣は武蔵森の要注意人物を振り返ることにした。
まずは9番、藤代誠二。まるでサッカーの申し子のような天才型プレイヤー。体格、走力、反射神経、バネなど、人間性能に恵まれた上に、ボールを操るセンスも抜群。ゴールに対して勘が働くのだろう、スペースへの飛び出しも絶妙だった。スピードと突破力のあるドリブルはとくに脅威的。フィールド上で絶対に自由にさせたくない相手だ。
3番、間宮茂。武蔵森のダイヤモンド陣形において、戦術上かなり重要とされるのがVO、つまり間宮のポジションだ。そこに配置されている以上、監督の信頼が厚い選手であることは間違いない。翼曰く、彼の真価は守備時に発揮されるとのことだが、昨日の試合は終始武蔵森の攻撃展開だったため、その実力は未知数である。
GK、渋沢克朗。攻守のバランスが良い武蔵森の、守備を統率しているのがおそらく彼だ。ビデオを注意深く観ていると、要所要所で渋沢がDFに指示を飛ばしているのが見てとれる。当然GKとしての実力も一流。同世代としては反則級のキーピングで、ゴールマウスを支配している。実は渋沢という名前には覚えがあった。U-14日本代表――全国で1番上手いGKの名だ。
そして10番、三上亮。映像を何度も見返して、彼が担う役割の多さに驚いた。時に守り、時に攻め。状況に合わせた変幻自在のシステム変更は、彼の貢献によるところが大きいと麻衣は感じた。武蔵森がやりたいサッカーをやるために欠かせない存在。実直なプレースタイルを見るに、彼はきっと努力の人なのだろう。
「三上センパーイ! 明日のシミュレーションするらしいっス、監督が呼んでますよー!」
藤代が遠くから声を張り上げている。ちょうど脳裏にいた人物の名が耳に入り、麻衣はノートから顔を上げた。
気だるそうに駆けていく少年、あれが三上か。双眼鏡越しに顔を覚える。今日はユニフォームを着ているわけではないので、背番号を当てにできない。
明日のシミュレーションということは、つまり対飛葉中の戦術が観られるのだろうか。
ようやくここにきた目的を果たせそうで、ペンを握る手に力が入った。