椎名翼の幼馴染

1-4 フットサル②

「なんやぁ、今日はえらいべっぴん連れとるやないけ」

 コート内で対峙した飛葉中の金髪――彼はナオキと呼ばれていた――が、麻衣に気づいてにしし、と笑った。
 すでに1ゲームを終えている彼らは汗だくで、濡れた髪をタオルで乱雑に拭っている。

 先ほど即席でチーム加入した麻衣は、運良く飛葉中との対戦に当たることができた。チーム同士は何度かやり合ったことがあるようで、気安い雰囲気で声を掛け合っている。

「ああ。なんでもサッカー経験あるらしいから、舐めてたら痛い目見るかもしれないぜ?」
「そら楽しみやな」

 直樹以外にも、周りにいるほとんどの視線が麻衣に集中している。
 今このフットサル場に、自分以外の女性の姿はない。もの珍しく見られるのも正直慣れっこな麻衣は、別段気にすることなくスタートポジションへと向かう。

 途中、チラリと翼に目配せをした。向こうも麻衣の存在に当然気づいているはずだが、何か言ってくる気配はない。むしろ一切こちらを見ようとせず、ガン無視を決め込まれている。

(いいもん。かかってこいという挑発だと受け取るわ!)

「なんかあの子、やたらこっちを睨んでねぇ?」

 闘志を全面に押し出す麻衣に、飛葉中の何人かは不可解な顔をしたが、睨まれている当人は面白そうに口の端を吊り上げるだけだった。

 

***

 

 試合はほとんど一方的な展開で始まった。
 飛葉中のスピーディーなボール捌きに高校生チームはなす術なく、開始3分ですでに先制点を奪われている。
 失点した側も下手というわけではないが、いかんせんパスワークの練度が違う。ダイレクトでボールを回す飛葉中に対し、無駄にボール保持している時間が長く、どうしても奪われる隙を与えてしまっている。

 流れに乗って、飛葉中の2点目。ゴールを決めた金髪の直樹、ドレッドの六助がハイタッチを交わす。

「なあ」

 タイムアウト中、GKをやっていたもう1人のドレッド、五助がふいに言葉を漏らした。

「あの子、いつもわりといいポジションにいるよな」

 五助の言う「あの子」とは、相手チームに急遽加入した、ツインテールの見慣れない少女のことだ。

 このフットサル場は比較的カジュアルな運営方針だし、女子が参加していること自体は珍しくない。だが、友人も連れず1人で参加というのはなかなかハードルが高いし、あまり見ない例である。
 ましてや、ぱっと見スポーツとは無縁そうなあのビジュアル。黙っていても非常に目立つ。
 そんな少女が、序盤から悪くない動きをしている。ボールに触れるタイミングこそあまりなかったが、コートの最後尾で全体を見ていた五助には、彼女のポジショニングの意図がなんとなく伝わっていた。

「せや、俺も1回マーク外されて焦ったわ」
「俺も」

 残念ながら味方とうまく連携できていないようだが、彼女はしっかりとフィールドが見えている。サッカー経験者というのも本当だろう。この後の活躍が少々楽しみである。
 とはいえ、今回のゲームも自分たちのものだ。確かな手ごたえを感じ、飛葉中の面々は各々のポジションに戻った。

 一方の麻衣は頭を悩ませていた。

 「キミは前の方で俺らがパスするの待ってて」というチームのオーダーどおりやってみたものの、いまいち噛み合っていないし、どうも最初から戦力としてカウントされていないらしい。このまま待っていてもチャンスは回ってこないだろう。

「ちょっとくらいなら、自分でボール取りに行ってもいいかな」

 方針を切り替えて、飛葉チームの崩しどころを考えてみる。幸いフォーメーションは1ゲーム目から続行だったので、少しは情報がある。

 FWのドレッド頭、六助と呼ばれていた彼は、ポストプレーを担うことが多い。高校生相手でも当たり負けしない体格で、しっかりと前線の「溜め」を作れている。
 金髪関西弁の直樹はサイドアタッカーだ。目立ちたがり屋でパフォーマンスじみたプレーをするが、クロスはしっかり狙ってくる。本職もサイドのプレーヤーなのかもしれない。
 左サイドの柾輝はとにかく器用。攻守どちらでも主要なプレーに絡むことが多く、臨機応変に役割をこなしている。それに足が速い。フィールドを縦横無尽に動いて、気づけばスペースに走り込んでいる。
 GK、五助と呼ばれたもう1人のドレッドも良い仕事ぶりだ。普段はフィールドプレーヤーだと思うが、フットサルのキーパー役は慣れているのだろう。長身を活かし、シュートコースを確実に塞いでいる。
 そして翼。やはり敵対して1番厄介なのはアイツだ。味方チームがあの手この手で攻めあがろうとしても、冷静に対処されてしまっている。読み合いに強く、簡単に突破できるイメージが沸かない。下手に仕掛けてボールを奪われると、速攻でカウンターをくらうことになる。

 改めて考えても強敵だ。この相手にチームメイトの助力無しに挑むのは勇気がいるが、同時にワクワクと胸を高鳴らせている自分もいた。

「よっしゃ、3点目いくでえ!」

 自陣でパスを受け取った直樹がサイドを駆け上がる。
 長身の六助がゴール前に陣取り、2人の素早い行動に焦ったマークが同時に釣られる。
 彼らの狙い通りだ。この瞬間、逆サイドに飛び出してくる柾輝にボールを合わせれば……

「――なっ」

 勢いよくフィールドを横切ったボールは、柾輝に届く前に空中で遮られた。
 パスコースを読み切っていた麻衣によるインターセプト。この攻撃パターンは1ゲーム目ですでに見ていたので、麻衣にとっては読みやすい展開だった。
 胸でトラップしたボールを、足元ではなく、あえて柾輝の裏スペースへ落とす。味方含めて全員前がかりになっている今、そこに広いスペースがあることを計算に入れた判断だ。ついでに、足の速い柾輝に追いつかれないよう、なるべく距離を稼ぎたい。

「くそっ」

 即座に進路を反転しようとする柾輝だが、前方向に勢いづいている身体は、どうしても一瞬慣性に引きずられてしまう。
 その間、完全フリーとなった麻衣は、ゴールに向かって一気に駆け出す。

「翼、たのむ!」

 さすがに黙って見送られはしないか、と、麻衣は目の端で捉えていた翼が動くのを察知した。右サイドをゴールに向かって斜めに疾走する麻衣に対し、進路に先回りしようと走り込んでいるのが見える。
 正直このまま1対1に持ち込まれるのは分が悪い。得意とするパスやトラップと違い、ドリブル突破のような対人プレーは経験不足だった。翼に通用するかは自信がない。あえて挑戦するのも面白そうではあるが、苦戦しているうちに柾輝が追いつきそうだ。

 いろいろ踏まえた結果、少し思い切った手段に出ることにした。
 ゴールまで10mを切ったところで、麻衣はダッシュ状態から瞬間的にボールを止め、その場に静止した。

「!」

 予想外の急停止に、DFもGKも反射的に動きが止まる。
 ストップ・アンド・ゴーというテクニックで、ドリブル中に緩急をつけることで、対峙する相手のリズムを狂わす、いわゆるフェイント技である。
 ただしこんな中途半端な位置で使っても、目眩し程度の効力しかない。相手が翼ならほぼ無意味だろう。だから少しアレンジを加える。

(この勢いなら、次に左足をついてから1歩、2歩、3歩。2歩目で体重移動を開始。足振りの角度は――)

 自分の身体を瞬時にスキャンし、次への繋ぎ方をシミュレートする。
 この距離、この角度ならやれるはず。麻衣はここ1番の集中力を発揮した。

 一瞬の静止後、ふたたび走り出すと見せかけて、振り放たれる右足。

「ミドルシュート!?」

 翼の守備範囲に入るより前の地点でのシュート。フェイントが効いてGKの反応が鈍いうちに決め切りたい。そのための低く速い弾道。
 麻衣の狙いは見事に実を結んだ。地面すれすれ、放たれたシュートはキーパー脇を鋭く突き抜ける。ちょうどゴールライン上でバウンドしたボールがそのまま吸い込まれるようにネットの中へ。
 相手のパスを奪ってからこの間わずか数秒のスピードプレー。

「やったー!」

 イメージ通り枠内にシュートが決まり、思わずガッツポーズ。そんな麻衣を、敵味方関係なく呆気にとられた少年たちが眺めている。
 すげぇ。誰ともなしに自然に言葉が漏れた。

(どうよ!)

 麻衣は嬉々として翼を振り返った。
 さすがの翼でも、今の鮮やかなゴールは認めざるを得まい。目の前で決められて悔しがる顔はぜひ拝みたい。

 しかし目が合った彼は一切動じておらず、それどころか余裕の笑みを浮かべながら、仕切り直すように両手を合わせた。

「はいはい。お前ら、呆けてないで次いくよ。まぐれで1点取ったくらいで敵サンを調子づかせるなよー」
「まぐれ!?」

 聞き捨てならないセリフに、わかりやすく挑発に乗ってしまう麻衣。
 翼の性格を熟知している飛葉の面々は、楽しんでいるな、と苦笑する。

(ぜっっったい! あと2、3点はぶん取って、吠え面かかせてやるんだから!)

 心中でそう宣言した麻衣は、持ち得るあらゆる手段を使ったこの試合の勝利プランを組み立て始めるのだった。