椎名翼の幼馴染

1-5 フットサル③

「終了! 3-1、チーム飛葉中!」

 高校生チームとの対戦に勝った飛葉中メンツは、吹き出る汗をぬぐいながら休憩スペースへと戻ってきた。
 炎天下、走り続けた身体にスポーツドリンクを流し込む。15分1本のショートゲームとはいえ、30℃に届く屋外でのプレーはなかなかにしんどい。着ていたTシャツが絞れるほどだ。

「マサキ、そこのタオルくれ」
「へーへー」
「あれ翼は?」
「自販機行った」

 ベンチに座ってコートを眺めると、自分たちと入れ替わりのチームがちょうどキックオフしたところだった。
 ボールがコート上を行き来している。無意識に目で追ってしまうのはプレーヤーの性だろう。

「で、結局何者だったんだろうな、アレ」

 黙っていても誰かが言及したであろう話題を、最初に切り出したのは柾輝だった。

 先ほどの対戦相手、臨時で加わっていた謎の少女が奪った1点は文句なしのスーパープレーだった。
 逆サイドからの強めのパスを正確に止めてみせたトラップに始まり、全員の位置関係を把握した上でのスペースの使い方、瞬間的な判断能力。シュートひとつとっても、あの位置からボールをふかさず届かせるのは結構難しい。それをフェイントを交えながら成功させている。
 その後の怒涛の反撃にも手こずらされた。彼女はやはりポジショニングのセンスが良い。パスの受けどころ、出しどころの判断が早く、味方への声かけも積極的に行っていたので、徐々に連携プレーも生まれていた。急造チームで苦戦していたようだが、本来はゲームメイカータイプなのだろう。
 それに、ただ上手いというだけでなく――なんというか、ゲーム中の集中力が凄まじかった。
 勝ち負けよりも楽しくやろうという雰囲気が強いフットサルで、彼女の得点への姿勢だけは真剣そのものだった。ワンプレーごとにそれが垣間見えるので、触発されてこちらもつい全力で応じてしまったくらいだ。あれは相当なサッカー馬鹿に違いない。

「なんか翼と知り合いっぽかったしな」
「あやしーよな、あんなかわいい子」

 当事者がいないのをいいことに、五助・六助がにやにやしながら茶化し始める。
 翼ははぐらかしていたが、彼女が翼を意識していたのは間違いない。翼はよく女子から色めき立った視線を集めているが、どうもそういった類ではなく、どちらかというと対抗意識のようではあったが。

 ふと、少し離れた別のベンチから、先ほどの高校生チームの話し声が耳に入った。

「あークソ、あのよくわかんねえ女のせいで面白くねえ試合だったぜ」

 機嫌悪そうにベンチにドカ座りした男に、別の男たちも嫌味がましい口調で続ける。

「試合中いちいち指図してくるしな」
「かわいくてもあれはないわ、空気読めねえし」
「私上手いんですーって俺らにアピりたいんじゃね?」
「ハハ!女がサッカー上手くてもモテねえって」

 例の少女について、皮肉をたっぷり混えて言い合う男たち。わざと周りに聞かせる意図は無いのだろうが、この場で大声で話す内容としては気持ちのいいものではない。見える範囲に彼女の姿がないのがせめてもの幸いだ。
 柾輝は仲間の反応を伺った。案の定3人の顔が強張っている。コイツらのことだ、他人事だろうと関係なく首を突っ込んで短気を起こしかねない。面倒事になる前に止めなければ。
 そう思っていたのに、次の発言にはその柾輝でさえ神経を逆撫でされた。

「サッカーなんてお遊びにマジになるやつの気が知れねーぜ、恥っずかしい女」

 いよいよ我慢できないとばかりに立ち上がる六助を、一瞬遅れて柾輝が制止しようとした、その時。後から風を切る音がして、何かが頭の横を勢いよく通過した。
 それがサッカーボールだと理解したのは、先ほど失言をした高校生の顔面にクリーンヒットした時だ。
 正面からまともにボールを受けた彼は、しばらく悶絶したのち、怒り心頭で叫んだ。

「今ボール蹴ったのはどこのノーコン野郎だコラァ!」

「ノーコン?――へえ、それまさか僕に言ってる?」

 跳ね返って地面に転がったボールを、そう言って拾い上げたのは翼だった。

 相手が翼だと分かり、男の方は多少威勢が衰える。だが大声で啖呵を切った手前、中学生相手に引き下がれるはずもない。
 彼は息巻きながら翼の対面に躍り出た。

「テメェ、ワザと当てやがったな」
「悪い悪い、図体のデカいデクの棒が揃って自分の無能に気付かず高説垂れてるの、さすがに見てらんなくってさ。これ以上恥晒す前に止めてやろうと思って」
「ンだとォ!?」

 30cm近く身長差のある男の威圧にも翼は動じない。むしろ相手を見下す勢いで、年上に対して挑発的な態度を貫いている。

「アンタら自分がまともに点取れないからって、女にイイとこ取られて僻んでるただの雑魚だろ? 残念だったねー、カッコ付けたくて必死だったのに、目論見が外れてさ。悔しかったら点取る努力でもなんでもすりゃいーのに、やれる自信もないからそーやって出る杭叩いて、何もしやしない自分を正当化しようってか。生産性も成長もなくて見てるだけで哀れだね」

 翼の憫笑に唇をわななかせながらも、返す言葉がないのは図星だからだ。翼はさらに追い討ちをかけた。

「同レベルのお仲間同士固まって陰でグチグチ、女々しいのはお前らだっつーの」

 カッと頭に血が上った男が咄嗟に拳を振り上げそうになったが、すんでのところで仲間に止められた。彼らがギリギリ冷静さを保ったため、あわや暴力沙汰という事態は免れたようだ。
 「付き合ってられるか」――そう捨て台詞を吐いて退場していった男たちを、飛葉中の面々は「アイツら二度とここに顔出せないだろうな」と少々憐れみながら見送った。

 それにしても。
 翼が喧嘩っ早いのはいつものこととはいえ、身内以外、ましてや女子の肩を持つのはどう考えても珍しい。

「お」

 何かに気づいたような直樹の目線を追うと、件の彼女が更衣室から出てきたところだった。
 騒動には気づかなかった様子で、表情に陰りはない。
 そんな彼女に向かって翼がスタスタと歩み寄る。そして――おもむろにその脳天をゲンコツで小突いた。

 突然の行動に呆気にとられる4人。
 顔を上げた彼女はその目にうっすら涙を浮かべながら、翼を睨み抗議した。

「いっ…………たいじゃない! 何すんのよ翼!」
「何じゃない。なんなのお前、最後のあの雑振り。シュートコース見えてんの? ご丁寧に敵にパス送りつけようって?」
「あれはそっちのキーパーくんが上手かっただけだもん! ちゃんと狙い通りのボレーだった!」
「狙い通りすぎてこっちにもバレバレじゃお話になんないだろ。会わないうちに鈍ったんじゃないの」
「……1点目のミドルシュート止め損ねたこと忘れてないでしょうね」
「そのあと1点も取られてないけどな。異論あるなら勝ってから言えよ」
「それは……! うう、それはそう……くそう、絶対負かしてやると思ったのに!」

 言い返せなくなったのか、素直に悔しがりながらも、少女は翼から目を逸らさない。
 翼のストレートな物言いには大抵の人間は萎縮してしまうのだが、どうも2人の関係性は想像していたよりも近しいらしい。

「翼。その子、お前が連れてきたのか?」

 不毛な言い争いを遮るように、柾輝が口を挟んだ。
 いい加減説明を求めたい。そんな4人の様子に、翼はああ、とあたかも今気づいたような素ぶりで向き直った。

「コイツ、隣んちの麻衣。ガキのころからの腐れ縁、っても結構前に引越して以来だから、俺も会うのは久しぶりなんだけど」

 親指を立てて麻衣を示しながら、軽い調子で言い放つ。

「ま、自己紹介の手間は省けたろ」

 翼の言わんとしていることが伝わり、違えねえ、と4人は思った。

 翼との付き合いも最初はサッカー対決だった。いけすかないほど上手くて、けれど本質は誰よりも負けず嫌いのサッカー馬鹿。自分たちと同じだったからこそ、ここまでの信頼関係が築けた。
 だから相対すれば分かる。そいつとこれから腹割った関係になれるか否か。
 彼女ならば文句なしに前者だ。

「翼……まさかわたしをあえて置き去りにしたのって」

 半目で物言いだけな麻衣を尻目に、翼はしれっとした態度を崩さない。

 自分の行動はどこまでこの男の読み通りだったのか。
 まんまと手の上で踊らされたようで、麻衣は、やはり時が経ってもコイツには敵わないのだと悟った。