3-4 これから、何度でも(終)
あの後、さすがにその日のうちに乗り込むような真似はせず、日を跨いだ翌日。諏訪の夜勤前に合わせて時間をもらって、私たちは再び本部長室へと向かっていた。
昨日と同じ廊下を並んで進む。トリガーが戻ってきたので、今日は私も換装体だ。
手の中には、ふたりの署名と捺印が並んだ申請書類。
「へー。ホントに結婚するみてー」
不備がないように項目を確認しながら歩いていたら、唐突に後ろから声がした。
隣にいた諏訪が飛び上がるような勢いで振り向いて、声を荒げる。
「ハ!? 太刀川、ここで何してやがる」
「諏訪さんがついに身を固めるって聞いたから、お祝い? ゴシューギ? 持ってきたぜ」
得意気に親指を立てた太刀川くんに大袋入りのきな粉餅せんべいを手渡され、ツッコミどころに困惑しながらとりあえず受け取ったら、諏訪は渋面をさらに歪めながら「ゲッ」と後ろずさった。
黒いロングコートの影から、もう数人がこちらに向かって来ているのが見える。
「証人の欄は埋まっているか? なんなら引き受けてやってもいいぞ」
「風間……!」
「ごめんねー諏訪さん。ふたりとも諏訪さんの恋路が気になるっていうからさー」
「迅てめー! くだんねえことにSE使ってんじゃねえぞ!」
ぞろぞろとやってきた人たちで廊下が埋まった。迅くん、風間くんに続いて、後ろにいるのは諏訪隊のメンバーだ。
「すわさん、コソコソしてて怪しいからつけてきた」
「オレは一応は止めましたけどね」
「えっと、何が始まるんです……?」
戸惑い気味の日佐人くん以外、全員冷やかすような視線を諏訪に送っている。
なんだろうこれ、むず痒い。感情コントロール機能に羞恥心あたりのパラメータを調整されている気がする。
「〰〰〰てめえらっ! 人をおちょくりに来てんじゃねー!」
真っ赤になって憤慨する諏訪を無視して、一行は私たちを取り囲むように歩き出した。
「フ。お前たちのために何人の人間が動いたと思っているんだ。どうせなら見守らせろ」
「おめーらに何かしてもらった覚えはねえんだわ! そう言えるのは東さんくれえだろ!」
「東さんは誘ったけど遠慮しとくってさ。ちなみに冬島さんは、諏訪さんのこともう仲間として見れないって」
「寺島も木崎もそれどころじゃないそうだ。残念だったな。嵐山を呼ぶべきだったか?」
「呼ぶな! 誘うな! 頭おかしーんじゃねえの!?」
風間くん、太刀川くんの口から、私の秘密を知っているほとんどの人の名前が上がった気がするけれど、どうしてみんな、諏訪と私の進展事情まで筒抜けなのだろう。組織に管理されるってこういうことなの?
廊下を曲がって、本部長室の入り口が視界に入ったとき、部屋から半分だけ身を乗り出したロングヘアーがぴょんっと翻った。
「来ましたよ、忍田本部長!」
廊下まで届く音量で、はしゃいだ声が跳ね返る。
部屋に着くと、自席に座った忍田さんよりも先に、見たことない満面の笑みの沢村さんに出迎えられた。
「諏訪くーん! 上手くいったのね、やるじゃない! 高槻さんも、良かったわね。その書類フォーマット、私が作ったのよ。なんだか婚姻届みたいよね?」
「あ……ありがとうございます……?」
手を取ってぎゅうっと握られる。思ったよりその力が強くて反応に困る。
頬を高揚させ、スキップでも始めそうなテンションの沢村さんが祝辞を述べるたび、諏訪のげんなり度合いは上がっていく。
「ずいぶん大所帯で来たなあ」
腕を組んだ忍田さんが背もたれに身体を預けながら苦笑した。なぜかちょっとしたお祭り騒ぎになってしまった現状に呆れつつも、邪険に思う様子はなく、その場にいる面々を見渡す。
「相変わらず愛されているな、諏訪」
「弄られてるの間違いでしょうがよ! おめーらいい加減にしろ! 帰れ!」
「いいじゃん諏訪さん、めでたいことだし、おれたちにも祝わせてよ」
「さっさと書類を提出しろ」
「すわさんと麻衣さん結婚するの?」
「だァもーーー!!」
書類を、出しに来ただけ、だったはずなんだけどな……?
改めて自分の手元に視線を落とす。
「交際申請書」という、ド直球なネーミングのそれは、たしかに署名するのを一瞬躊躇するくらい気恥ずかしいものではある。
上層部に大真面目にこんなものを提出する諏訪洸太郎。面白コンテンツに違いない。
どうも私たちふたりは恰好のおもちゃにされているみたいだけれど、私自身は不思議と嫌な感じがしなかった。
いろんな人に気にかけられて、放っておいてもらえないのは、諏訪の人徳の賜物だ。そういう諏訪が好きだし、ボーダーに彼の居場所があるのは、私も嬉しい。
「諏訪」
未だ捕まったままの彼を呼び止めて、振り向かせる。
私はすでに忍田さんのデスク前に待機していて、書類を顔の前に、視線で催促すると、諏訪は照れくさそうに目を泳がせながら隣にやってきた。
「「……お願いします」」
ふたりで声を揃えて、書類を差し出す。
反対側から伸びてきた手がそれを受け取り、確認されている間、妙な緊張感が漂っていた。
「問題ないな。受理しよう」
私と諏訪は、その言葉にホッと肩の荷を下ろした気分だったけれど、周りからは逆に、ワッと賑やかな歓声が上がった。
「ふたりともおめでとー!」
「おめでとうございます、諏訪さん、高槻先輩」
「おめでとうございます!」
抱きついてくるおサノちゃんに、笑顔で祝福してくれる堤くん、日佐人くん。
「よーし飲み行こうぜー、諏訪さんの奢りで」
「諏訪さんおれ焼肉がいーい」
「ばっか、今から防衛任務なんだわ。つーか太刀川おめーもだろ!」
「近界民も今日くらい空気読んで出てこないで欲しいわよねえ。あっ、飲み行くときは、当然私も呼んでよね!」
たぶん最初から奢りが目的だった太刀川くん、迅くん。そして何故か誰よりもテンションの高い沢村さん。
『キミらようやく付き合えたんだって? オメデトー』
「ハァ、雷蔵︎!? てめーどこに」
『風間からずっと実況されてた』
「安心しろ、木崎にはあとでムービーを送っておく」
「ざっけんな! 一応機密書類だぞコレ!」
内部通信越しで語りかけてくる雷蔵くん(びっくりした)、相変わらず諏訪を揶揄うことに全力な風間くん。
個性豊かな立会人に見届けられながら、私たちは、晴れて恋人同士になった。
「……ふふっ!」
思わずこぼした笑い声に、諏訪が気付いてこちらを向いた。「何笑ってんだこいつ?」とでも言いたそうな、いぶかしんだ顔が余計に可笑しい。
ほんの2ヶ月ほどで、様変わりしてしまった私の人生。
こんなに何かに立ち向かうことがあるなんて、今まで考えられなかった。
けれど、この三門市で、これからも生きていくと決めたこと、今はしっくりと受け入れられている。
私の能力でできることはきっともっとある。戦う彼らの力に少しでもなれたなら。
それに、貴方が隣にいれば――……
「――!」
みんなの死角になる身体の後ろで、そっと諏訪の指先を握った。
これくらいいいよね。だって、今日から恋人なんだし。
換装体だから、私たちのルールではノーカンになっちゃうけれど。そうせずにいられなかった。
手のひらの中で固まっていた指先が、やがて軽く力を込めて握り返してきた。
『おめー、そういうことするキャラだったか?』
『いいの。私だって、昨日からお預け辛かったもん』
内部通信はそれっきり応答がなくなってしまった。
見上げた先にある耳が真っ赤なのを見て、満足した。昨日言い負かされた仕返しだ。
最初の制約解除の日まで、この焦ったい接触禁止期間はもう少し続く。
お預けが解除されたとき、私はどんな想いで彼の胸に飛び込むのだろう。
その日を待ち遠しく思いながら、今はただ。
諏訪と一緒にいる未来を、もう一度思い描ける幸せを噛み締めていたい。