WT 諏訪洸太郎

Synomone #蜜恋召しませ

「甘い恋」「好きで好きで仕方ない」というテーマでXでの企画に参加させていただいた作品です。

 ぽす、と自然にもたれかかってくる、左肩の重みに意識が置き換わる。
 洗いたての、まだドライヤーの熱を含んだ細い髪がふわふわ肌を掠めてこそばゆい。漂ってくる甘い香りは、こいつが全身に塗りたくっているボディクリームだ。
 俺は仕方なく、読んでいた本を右手に持ち替えた。さりげなく腕を広げてやれば、すぐさま気づいて嬉しそうに擦り寄ってくる。
 大人しく腕の中に収まった後、そいつは腰に回った俺の手を大事そうに抱え込み、自分の顔の近くに持ってきて頬ずりをし始めた。

 指を絡め、唇を寄せ、まるでこの世で1番大切なものかのように閉じ込められる。
 ……この小っ恥ずかしいスキンシップも、付き合い立ての馬鹿みてえに盛り上がってる時期だってなら、まあ分かる。だが、俺とこいつはもう恋人になって2年が経つ。半分同棲してるようなもんで、毎日顔を合わせてるっつうのに、こいつはいまだに、隙あらば俺にひっつこうとせがんでくる。

 俺のことが好きで好きでたまらねえって顔で。

「…………」

 半ば呆れながらその仕草を眺めていたら、きょとんとした視線が長いまつ毛越しにこちらを向いた。

「毎日毎日、飽きねえの、それ」

 べったりと頬に当てがわれた左手を示す。
 気恥ずかしさを紛らわそうとして、意図せず冷ややかな物言いで伝わってしまったかもしれない。そいつは少し間を置いて、拗ねるように眉根を寄せた。

「洸太郎は、飽きちゃったの?」

 俺は黙って文庫本を閉じると、ヘッドボードにそれを置き、自由になった右手でそいつを押し倒した。

「質問を質問で返すなっつの」

 見下ろしながら、邪魔になった眼鏡を外せば、下で仰向けになった顔がじわじわ炙られたように赤みを増す。この期に及んで初心な反応を返すくせに、期待の籠った上目遣いがぶっちゃけあざとい。
 マジで、こいつの何重にもかかったフィルターに俺はどんなイケメンに映ってんだ。うっとりと甘だるい目で見つめられ、それが麻酔のように背筋にピリリとした痺れを走らせる。
 その甘さを享受し続けることに耐えきれなくなり、誤魔化すように唇を落とそうとしたら、そいつは急に身を捩りながら、ふふっと吹き出した。

「洸太郎ってば、見過ぎ」
「あ?」
「そんなに熱っぽく見られたら、照れちゃうって」

 無防備に緩み切った顔で、上機嫌に、そんなことをのたまう。
 何言ってんだこいつ。さっきから人を惚けた目で見てくんのはおめーの方だろうが。

「おめー、自覚ねえの?」
「?」

 念のため確認してみれば、何のことだか要領を得ないとぼけた表情。
 マジかよ。無自覚とか、余計たち悪ぃわ。
 と思うと同時、今度はそいつに指摘された己の行動を鑑みる。
 俺が――なんだって? 熱っぽく?

「…………」

 いつの間にか、両膝の間にそいつの身体を挟み込み、逃がさねえようにして馬乗りになった自分の体制に我に返る。片手はそいつの前髪をすき、耳のあたりをなぞる様に添えられている。あたかも、自分に惚れてる女の惚け顔を、もっとよく見てえという欲求に抗えなかったように。

 …………。
 ………………。
 ……………………マジかよ。

 無意識中の自分の行動を思い出して内心引いた。
 まさか、俺も今こいつと同じような、腑抜けた顔して見つめ合ってたっていうんじゃねえだろうな……?

「こーたろー?」

 俺の気なんざ知りもしねえそいつが不思議そうに首を傾げる。だァから、いちいちあざてえんだって。んな目でじっと見上げてくんな。
 身体の内側で波立つ感情のすべてをこいつのせいにする。
 俺はな、甘ったりぃのも、ベタベタすんのも、柄じゃねえんだよ。いい年こいて、いつまでラブコメやってんだ。

 うっかり渋面が表に出ちまわねえように堪えていれば、そいつは何を思ったのか、おもむろに両手を伸ばしてきた。
 首の後ろにぶら下がる体重に、咄嗟に腕の力が抜けて倒れ込む。それを待ち構えていたかのように、頬に軽く押し付けられるような感触と、ちゅ……と耳に溶けていくリップ音。

「洸太郎、すき」

 顔にも声にも、これ以上ねえってほど幸せを滲ませながら、俺に絡みついたそいつが笑った。
 上気した肌はいつもより柔っこく、匂い立つボディクリームは嗅ぎ慣れているはずなのに、くらくらと思考を鈍らせる。
 こいつの愛情表現は、いつも明け透けで、剥き出しで、紛れもない本物だ。

(くっそ……カワイ……)

 数秒前までさんざ粋がっていた俺の理性は、実にあっけなく手のひらを返した。
 どんだけあらがっても、結局最後に白旗を上げるのは俺の方だった。こいつの幸せそうなツラを見るたび、ガキくせえ所有欲が満たされる。俺自身が幸福を実感する。代わりにこいつが望むもんをなんでも与えてやりたくなるくれーに。

 胸のあたりにつっかえた慕情を全部押し付けてやろうと、そいつの背中に両腕を回してぎゅうと力を込めれば、そいつも同じように抱きしめ返してきた。
 んとに、しゃーねーやつだな。おめーも俺も。
 冷静になりゃ慙死もののこのバカップルムーブも、おめーがまだ続けるっつーならしばらくは付き合ってやるよ。

 だから、おめーも俺に夢中なままでいろよ――と。
我ながらアホみてえな願いを口にする代わり、そいつが待ち侘びているデロデロに甘えキスを叶えてやった。

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