SEを自覚せずに生きている夢主と同級生すわ

2-6 共闘

 この場が戦場になったとき、自分にできることなんて何もないのだろうと、そんなこと、始まる前から分かっていた。
 そもそも求められていない。この組織での私の役割はSEを使ったサポートで、敵に捕まらないように自分の身を守ること。足手まといにならないように、指示をよく聞いて、言われた通りに動くこと。
 そう言い聞かされていて、それが最善だった。
 その立場に甘んじていた。 

 その結果、私は大切な人を失いかけた。 

 諏訪が危険な目に合っているとき、私は知らされもしなかった。当然だ。知ったところで、できることがないのだから。
 前線の動向について、私には何の責任もなくて、だから、私の知らないところで諏訪に何かあったとしても、私のせいじゃない。

 そんなの――――
 そんなの、本当にあいつに何かあったとき、自分を納得させる言い訳にだってなるわけない!

 いつから、守られて当然なんて思っていたの。
 私は私が弱いことを知っていたのに、なぜ強くなろうと思わなかったの。
 今だって、諏訪に何かあったらって思うだけでこんなにも震えが止まらないのに、自分からは何もできない、そんな無能さに、その時になってやっと気づくなんて。 

 再び戦場へと向かう諏訪に、もう少しで言ってしまうところだった。

「行かないで」って。

 ――最悪だ。諏訪は戦うためにここにいるのに。これ以上危ない目に合わないでって、この期に及んで自分の不安を押し付けかけた。
 私よりずっと年下の日佐人くんやおサノちゃんには、迷わず一緒に戦う力と覚悟があった。

 諏訪や隊員のみんなだけじゃない。今このボーダー基地にいる人は、全員戦ってる。
 非常事態でも、自分がすべきことを自分で考えて動ける能力がある。

 うずくまって、ただ早く終わって欲しいって願っているだけの人間なんて、この場に私ひとりだけだ。

 

「終わったよ」

 背中に寄りかかっていた重みが少し離れて、私は、折り曲げた膝の間に埋もれていた顔をゆるゆると上げた。
 泣いて、腫れて、きっとすごい顔になっているのだと思う。けれど、私を見る雷蔵くんはその点をおくびにも出さない。

「うちの隊員は全員無事。黒トリガーのヤツは、仲間に殺されて死んだ」
「…………」

 死んだ。それも、仲間の手で。
 相当にショックな事実ではあるけれど、詳細を聞く気力は生まれなかった。
 諏訪やみんなが無事だということだけ考えて安心したかった。
 殺される瞬間をみんなは見たのだろうかと、それだけは少し気がかりだった。

「……破壊した壁を修復するのに、高槻さんのSEが必要だった。わりと貢献してると思うよ」

 雷蔵くんは、やっぱり人の心を読むのが得意なのだろう。そんな風に気遣った言葉をかけてくれる。
 私は両手で顔を覆いながら首を振る。

「雷蔵くんの忠告がなかったら、私、泣き喚いて役に立たなかった」

 諏訪隊が行ってしまった後、周りが止めるのも聞かず換装を解こうとする私に、雷蔵くんが言ったのだ。
「叫んだり取り乱したりするようなら、問答無用でシェルターに突っ込む」と。

 彼の懸念通り、生身に戻った直後の感情の暴走は凄まじかった。
 無理矢理蓋をしていた恐怖心が解き放たれて、パニックで叫び出しそうだった。 

 諏訪が。死んじゃうかもって。二度と元に戻らないかもしれないって。
 さっきまでそんな状態だったのに、今度はもっと危ない場所へ行こうとしている。
 得体の知れない人型近界民が、また未知の技術で攻撃してきたら。今度こそ、誰も助けられなかったら。
 どうして私は、ただ怯えながら待っていることしかできないの――!

 恐怖と自己嫌悪がぐっちゃぐちゃになって、息が乱れ、突然床が消えてしまったようにその場に立っていられなくなっても、泣き言を漏らさなかったのは半ば意地のようなものだ。
 おかげで私は、今もこの開発室にいることを許されている。

 本当に理不尽な能力。こうやって自分が苦しめば苦しむだけ、エネルギーは効率良く提供されて、人の役には立てる。
 私が本当に望む力とは別物だけれど、それでも、まったく何もできない場所へ逃げ帰るよりはマシだった。

「ごめん、雷蔵くん。私のわがままに付き合ってくれてありがとう」
「わがままって自覚あったの」
「うん、迷惑かけてるって思ってる」
「はあ……ほんと、きみに付き合いきれるの、諏訪くらいだと思うよ」

 呆れまじりに言われた言葉に、同意すべきか反論すべきか悩んでいたら、彼宛に誰かから通信が入ったようだった。
 怪訝そうに眉根を寄せて、どうも納得がいかない様子を醸し出しながらこちらに向き直る。

「換装しろって、風間が。なんか話があるっぽい」
「風間くん……?」

 なんだろう。――やっぱり、作戦から外れろって言われるのだろうか。
 想像して、ずんと重くなる感情を堪えながら、トリガーを握った。

 換装した脳内に流れ込んできたのは、風間くんの声ではなく、司令室に飛び交う戦況情報だった。 

『基地屋上、諏訪隊・風間隊現着、オペレーターは各隊との連携準備をお願いします』
『三輪隊、了解。全員の位置情報をマーキングします』
『冬島隊、了解。――ふん、中央オペが機能停止してる分、負担が多いね。三上、サポート必要なら言って』
『大丈夫、ありがとう真木ちゃん』
『目標、新型2体。狙撃手の位置が割れている上に、反応速度が早く狙撃が通りません。なんとか前衛で引きつけて――……』

「聞こえたな、高槻」

 部屋の入り口に、風間くんが立っていた。気配にまったく気づかなかった私は、慌てて椅子から飛び退いた。

「風間くん」
「通信の通りだ。屋上で今、風間隊と諏訪隊が戦闘に入った」

 彼は告げながら、ゆっくりこちらに歩み寄って来る。

 端的に共有された現況に息を呑む。
 人型近界民を倒したばかりだというのに、また。いつまでも終わらない戦争に途方に暮れる。
 しかも、対峙しているのは新型だという。

「新型って、諏訪が捕まった……」
「そうだ。その改造体、つまりはより強化された固体だ。あれはなかなか厄介で、装甲が分厚く、削り切るのに時間がかかる。銃撃も弱点を狙い撃ちしない限りは通らん。下の連中を援護するために、一刻も早く屋上を取り返したいのだが、今のままでは分が悪い」
「そんな。冬島隊も三輪隊もいるのに」
「敵の狙いはあの場での時間稼ぎだからな。負けはしないだろうが、馬鹿正直に付き合ってられん」

 説明を聞きながら、私は違和感に気づき始めていた。
 さっきまで風間くんは諏訪たちの指揮役を担っていたはずだ。今だって、たとえ回線越しでも彼の指揮があれば心強いはず。
 それがなぜ、こんなところにやって来て私にこの話を聞かせているのだろう。

「高槻」

 強く真っ直ぐな視線が、すぐ目の前で私を捉えた。

「戦場に出る覚悟はあるか」

 
***

 
 足場を蹴って、水平に飛び退く。
 今しがた俺がいた場所は、下から生えたブレード状の物体でズタズタに崩れ落ちた。

 こいつ、さっきのスライム野郎みてえなやらしー攻撃すんじゃねーか、くそったれ!

「堤、こいつは近付きすぎると攻撃が避けづれえ、間合いを取れ」
「了解!」

 受け身をとって即座に身体を起こしたが、右手の欠損で地味にボディバランスが悪い。
 持ち前の散弾銃も威力が半減しちまって、ただでさえガードの固え敵にさっきからダメージがまるで入りやがらねえ。

「おい当真! 狙撃はどうした、俺らが気を引いてるうちに狙うんじゃねーのかよ」
『やってるぜ、さっきから。けどあいつら、あー見えてしっかり狙撃も警戒してる。狙いが時間稼ぎなんで立ち回りも防御寄り。耳んとこがレーダーになってるらしくて、こっちが移動してもすぐバレんだわ』
「チッ、めんどくせえ」

 そうしている間に距離を詰めてくる敵に散弾をお見舞いする。
 やっぱり、装甲に弾かれやがる。あれを撃ち抜くには、ゼロ距離からぶっ放すか、もっと威力がねえと。

 威力――――

(くそ、考えるな) 

 脳裏を掠めるのは、以前この手に感じた手応え。高槻のSEでトリオンを無理矢理増やした時の銃撃の威力。
 あの威力があれば、この新型だって吹っ飛ばせるだろう。
 一度覚えた全能感が、そんな風に俺を煽り立てる。

 あいつを利用したくねえと言っておきながら、あいつの能力の有用性をこの身をもって実感しちまってる。
 否応なくチラつく発想を振り払い、今ある武器でどうにか……と集中した思考を邪魔するように、冬島のおっさんから通信が入った。 

『あー、諏訪。その、なんだ。お前に届けもんなんだが』
「ああ? 届けもん? 今どんな状況か分かってんのかおっさん!」
『いや俺は止めたんだがよォ。風間からだ。上手く使えとさ』
「ハア?」

 風間。そういやいつの間にか、あいつの声が通信上から消えている。人使いの荒いあの野郎が、今度は何を企みやがった。
 対応する現場へのフォローはおざなりのまま、目の前に冬島隊のマーカーが現れる。
 直後に転送されてくるシルエット。それを見て、俺は今度こそ絶句した。

「なっ……に考えてやがる、あの野郎ォ――!!」

 たしかに、数秒前まで「あいつがここにいれば」という考えは過っていた。けどまさか、本気でそんな手段を選べるはずがねえ。
 ドンパチ中の戦場ど真ん中に、非戦闘員を送り込むか、フツー!?

 高槻の姿を認めた瞬間、ドッと強い焦りが生じた。
 こいつをこの場所から一刻も早く引き離さねえと。こいつは狙われやすくて、無防備で……

 ――いや。よくよく考えれば高槻はトリオン体だった。
 C級の隊服姿。俺にSEを干渉させるつもりなら換装は解かなきゃなんねえはずだ。

 おまけに、もうひとつ想定外のものが目に入る。
 華奢な身体には両手で抱えてもなおアンバランスな、巨大な機関砲型トリガー﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅

「……諏訪!」

 着地し、顔を上げた高槻が、俺の後方に向けて目を見開いた。
 気を取られた一瞬に繰り出された攻撃。液状のブレードが床面を這ってこちらに伸びてくる。
 反射的に腕を伸ばし、高槻の身体を抱え上げた。そのまま進路を急転換し、斬撃を躱わす。
 ……っぶねえ! 間一髪のとこで、脚1本分の損傷を免れた。

「馬ッ鹿野郎! てめー、何でんなとこに!」

 敵と距離をとるために全力で走る。
 担がれた高槻は、不安定な体制で必死に俺の身体にしがみついている。バカでけえ機関砲も手放さねえまま。
 戦闘に不慣れなこいつが、状況も何も理解できてるわけがねえ。

「風間ァ! 聞いてんのか、どーいうつもりだオイ!」

 吠える俺に、オペ回線からすぐに応答があった。 

『見ての通りだ。高槻を送った。そいつにあの新型を撃たせろ』
「正気で言ってんのか!? こいつまだ入隊2週間のド素人だぞ!?」
『素人だろうが、今いるメンバーで最も攻撃威力が高い銃手だ。要は当てさえすればダメージが通る』
「んな簡単にいくわけ……」

 ふと振り返ると、パタリと攻撃の手を止めた新型が、その場で動かずにこちらを警戒する素振りを見せていた。
 人工物つくりもんのクセに、さながら獲物を見定めるかのように、両耳を倒して俺らの動向を探っている。
 さらには、風間隊が相手しているもう1体までもが、向きを反転させてこちらを伺っている。

 ――まさか。
 ひやりと冷たいものが背中を伝う。

「くっそ狙われてねえ? これ」
『ふむ。ヤツらはもともと隊員の捕獲が目的らしいからな。彼女の膨大なトリオン量に気づいたのかもしれん。
 心配するな、仮に捕まってもキューブ化される前に当真に撃たせる』
「んなことしたら、こいつがC級のくせに緊急脱出付きトリガーなのバレんじゃねえか」
『そうだな。後始末が面倒臭いことこの上ない。だから捕まらないようにしろ。それがお前の役目だ』
「……この……ッ」

 無茶苦茶なオーダーを平然と言ってのけやがって。マジで、直接出向いてシバかねえと気が済まねえ。
 俺に対して、こいつを狙撃させるとかよく言えたなァ!

 俺が青筋を立てて震えている間、身体を折り曲げるようにして左肩に乗っかっている高槻が、居心地悪そうに身じろいだ。

「諏訪……」
「アァ!?」
「私、まだ訓練室の初心者用バムスターしかひとりで倒したことなくて」

 期待にそぐわない絶望的な情報がもたらされる。
 いや、知ってっけど。おめーに戦闘指導してんの、俺だし。

「けど、基礎訓練だけは、教わった日から毎日ちゃんとやってるの。タイミングさえ分かれば、真っ直ぐ撃つだけならできるから。
 ……諏訪、私にタイミング指示してくれる?」

 こいつはこいつで、何言ってんの?
 当てるだけって、警戒してるあの新型にまともに弾喰らわせるだけでも簡単じゃねーんですけど?
 そのチャンスを俺に作れってーの?

 心の中で、もはや誰に向けたらいいかも分からねえ悪態を吐きながら、しかしそれ以上のアイディアが今の俺には出せそうもなかった。

 クソが、上手く使えって、こーいうことかよ!

「堤ィ!」
「は、はい!」
「聞いてたか!? ハチの巣になりたくなきゃ、今からこいつの前に出んじゃねーぞ!」

 俺は半ばヤケクソになりながら、高槻の身体を正面に向けて抱え直し、その手に機関砲を構えさせた。

 どいつもこいつも身勝手な上に、最終俺に丸投げじゃねーか。
 なるようになりやがれ!

 
***

 
「いや、風間、さすがにそれは無理があるって」

 戦場に出る覚悟はあるか――
 突然風間くんに問われ、固まってしまった私を、雷蔵くんが擁護した。

「高槻さんのSEで底上げした諏訪の銃撃威力なら、そりゃ新型も瞬殺だろうけど。急激な変化率はトリオン体に負荷をかけ過ぎるし、目撃者も無駄に増やすでしょ。第一、敵の前に生身の人間放り込むなんて危険な真似……」
「何を言ってる」

 風間くんは、雷蔵くんを一瞥して黙らせた後、顎で私を示すようにして言い切った。

「わざわざ他人を強化しなくとも、こいつは、入隊式の新人訓練で2秒を叩き出した記録保持者だろう」
「……え」

 思いもよらぬ評価に、つい間の抜けた声が漏れる。

 入隊式の新人訓練。あの場には風間くんもいたんだっけ。
 雷蔵くんの思いつきで、最大火力の機関砲型トリガーを持ち出して、諏訪に大目玉をくらった。たしかに記録は2秒だったけれど、あれはほとんど武器性能による功績で、私の実力と言えるものじゃない。

「本気?」

 呟いた雷蔵くんは、まるで理解しがたいものを見るように目をひそめた。分かりやすく難色を示す態度。
 私は風間くんの意図が分からないまま、困惑を表情に乗せるだけ。

 いつまでも言葉を発さない私に、焦れた風間くんがもう一度、その目を真っ直ぐ据えて告げた。

「お前が撃て。そのための力だ」
「……!」

 これまでの甘ったれた認識を根本から覆す衝撃だった。

 入隊以来、諏訪も、雷蔵くんも、忍田さんも、誰ひとり私に「戦え」とは言わなかった。
 武器の訓練はあくまで護身用。有事の時は安全な場所に隠れていること。私に求められたのは、一貫してそれだけだ。
 だから、自分から敵の前に立つということを、これまで考えてこなかった。

 けれど、本当にそれで良いのかと、もっと早くに疑問を持つべきだったのだ。
 私が大切に思う人たち――家族、友人、いつも良くしてくれるボーダーのみなさんが、すぐそこで危険に晒された時。私はただ黙って祈ることしかできない。
 それがどれだけ耐え難いことか、今、まざまざと思い知らされている。

 諏訪は今も戦場にいる。彼を助けたい。
 そう思うのに、私の中の弱虫な部分が、完全に尻込みしてしまっている。
 行っても役に立てないんじゃないか。ううん、むしろ、私がいることによって戦況を悪化させてしまうかも……。
 何の経験も自信もない私には、そんなネガティブな結果の方がよっぽど鮮明にイメージできる。

 それでも。
 私よりはるかに経験も自信もある風間くんが、私に撃てと言った。
 彼に背中を押して欲しかった。

「風間くんは――私にそれができるって思うの?」

 弱々しく震える声。
 答えを委ねるような聞き方は我ながら卑怯だと思う。

「勘違いするな。つい最近まで民間人だった奴が、いきなり戦場で活躍できるわけじゃない。お前にできるのは、せいぜい狙いの定まらない弾を乱射させることぐらいだろう。ただ今回に関して言えば、それで事足りるということだ」

 煮え切らない私の心境も、風間くんはきっとお見通しだ。真摯な態度を崩さず応えてくれた。
 通信じゃなく、わざわざ出向いてきてくれたのは、私が踏ん切りのつく言葉を求めるのが分かっていたのかもしれない。

「俺はできるできないの覚悟を問うてるわけじゃない」

 落ち着いているのに、強く、力のある声。

「やると決めたことをやり切れるか。そう聞いている」

 覚悟というには、少しおこがましいけれど。
 その言葉で、私は私のすべきことを心に決めた。 
 

(やると決めたことを、やり切る――)

 おまじないのように心の中で呟いて、握り込んだトリガーを引き絞る。
 高速で回転する四砲身バレルから次々と放たれる弾丸。嵐のような弾幕が、だだ広い屋上に無数の光の線を描く。
 しかし、その嵐に呑まれる前に、敵は身を翻して避けてしまう。 

『ちょっと! こっちまで巻き込まれそうなんだけど!』
「ウルセー! 強化聴覚持ちおめーなら避けれんだろーが、文句なら自分とこの隊長に言いやがれ!」

 叫びながら、諏訪が私の横脇から散弾銃を撃ち放った。詰め寄ろうとする敵を牽制する攻撃だ。

「くっそ、やっぱそもそも当たんねーぞ」

 堤くんのフォローもあって、相手取る新型を徐々に追い詰めることはできている。
 けれど、闇雲に攻撃を浴びせるだけじゃ、敵の機動性に追いつけない。

『諏訪さん、敵をこちら向きに誘導できますか?』
「古寺か?」
『彼女、噂以上に凄まじいトリオンですね……攻撃の手数が増えて、敵の警戒がそちらに集中してます。今ならタイミング次第でおれと奈良坂さんの狙撃が通せるかも』
「ナイスだ、その作戦でいくぞ」

 視界の端で2つの影が走り出した。
 基地の反対側には、狙撃手たちが控えている。通信内容から察して三輪隊の人たちだろう。

「おサノ、月見。タイミング勝負だ。連携のサポート頼むぜ、集中しろよ」
『了解』
『りょーかい』 

 視覚情報に新しいウインドウが現れた。
 周辺マップと敵味方の位置情報。数秒ごとに変化するライン状の表示は、たぶんリアルタイムに演算されている狙撃の射線だと思う。
 今まで参加してきた1対1想定の訓練とは何もかも勝手が違う。

「堤」

 諏訪のアイコンタクトだけで、頷いた堤くんは敵の逆サイドに回り込んだ。
 諏訪の欠損した右腕が私の正面を阻むように添えられている。撃つタイミングを待てということらしい。

 2人の散弾銃による挟撃で、新型トリオン兵は着実に屋上の端へと後退していった。
 液体化するブレードに最大限注意を払いながら間合いを詰めていく。

「高槻」

 私を背に庇っている諏訪が、敵を見据えたまま私を呼んだ。

「俺が合図したら、俺と逆方向に走れるか」

 その指示内容を聞いて、初めて諏訪の狙いが垣間見えた。

 私と諏訪が同時に走り出せば、敵はきっと、索敵を分散させながら咄嗟に私を優先して追いかける。
 つまり、私が走り込むのは狙撃手の射線上。
 瞬間的に前衛が行動量を増やし、敵の索敵リソースをこちらに集中させられれば、A級狙撃手がその隙を逃すはずない。

 明確な指示とは裏腹に、少し後ろから見る諏訪の横顔はどこか不安げだ。
 諏訪はこれまで、ずっと私を自分の側から離さなかった。言ってしまえば、私を囮に使うような作戦に、少なからず後ろめたさがあるのかもしれない。

「諏訪を信じるよ」
「……上等だ」

 できる限りはっきりと意思表示すれば、満足げに笑ってくれた。
 はったりかもしれないけれど、諏訪の不敵な笑顔に私も勇気付けられる。
 自分に自信が持てなくても、諏訪を信じるのは昔から得意なのだ。

「行け!」

 合図と同時に走り出す。
 敵は一瞬、首の向きを彷徨わせて標的を探した。そして思惑通り、私の方へと狙いを定めた。

 敵の座標と射線が重なる。
 ――もっと、こっちに釘付けになれ。
 すかさず機関砲の銃口を向けて、迎撃を演出する。
 トリオン兵特有の、ぐるぐると蠢く目玉が、完全にこちらに固定された。

 今が〝タイミング〟だ。

 直感的にそう思った直後、新型の耳がピクリと反応した。 

(……あっ……) 

 次の瞬間、命中した2つの弾が、弱点の目玉を覆い隠すように噛み合わさった歯列に弾かれるのが見えた。
 敵は、着弾の衝撃で若干のけ反ったくらいで、致命傷を免れている。
 まずい、この間合い。敵の攻撃の射程内だ。
 このままだと次に墜とされるのは、私。
 一瞬のうちに私が考えられたのはそこまでで、避けるだとか、反撃するためのイメージまでは思考が追いつかなかった。 

 視界の左側から、光線が走った。 

『当真さん!』 

 注視していた射線とは別角度からの狙撃で、向かって左側、新型トリオン兵の片耳が弾け飛んだ。
 慌ててマップを確認する。飛んできた弾の軌道上、そこにも味方の存在を示すポインターがあった。

 敵は見た目の損傷以上に大きくよろめいた。
 あの耳はレーダーの役目を担っているって聞いた。片側のレーダーが破壊されたことで、瞬間的に動作不良を起こしたのかもしれない。
 これまで散々こちらを翻弄してきた敵が、初めて見せた大きな隙。
 
 ――お前が撃て。そのための力だ――
 
 逃げるという発想より先に、風間くんの言葉が頭の中で甦った。
 気づけば、身体が動いていた。

「っぁあああああああ――――っ!!」

 砲身を正中線と垂直に構え、引き金を引く。
 轟音とともにほとばしる無数の閃光が、敵に向かって一直線に襲いかかる。
 直撃。連鎖する爆裂音。
 弾丸の勢いに穿たれた敵の身体が、数メートル先の空中へと投げ出される。

 紫色の塊が地上へと落下していく最中、こちらに向けられた無機質な目玉が、ガラリと崩壊する様が見えた。